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大阪地方裁判所 昭和54年(ヨ)3361号 決定

申請人

ベルエイシー株式会社

右代表者

稲岡必三

右代理人

内田修

外三名

被申請人

株式会社ハナエモリ

右代表者

森英恵

右代理人

石川泰三

外三名

主文

本件仮処分申請を棄却する。

申請費用は申請人の負担とする。

理由

第一当事者の求めた裁判

1申請人

一  被申請人が昭和五四年一月二二日申請人に対してなした、申請人被申請人間の昭和四九年五月一日付著作物(デザイン)の利用及び商標使用の各許諾契約(別紙目録第一の契約)並びに同上の昭和五一年八月一日付覚書による更改契約(別紙目録第二の覚書)の更新拒絶の意思表示は、その効力を仮に停止する。

二  被申請人は申請人に対し、右契約(別紙目録第一の契約)第二条第一項所定のうち秋冬物のタオル用デザイン四型を仮に提供せよ。

三  被申請人はタオル類に関する著作物(デザイン)の利用許諾及びタオル類に関する被申請人が支配権を有するその代表者所有に係る商標の使用許諾を、西川産業株式会社その他何人に対しても与えてはならない。

四  申請費用は被申請人の負担とする。

2被申請人

主文同旨。

第二当裁判所の判断

1申請人と被申請人が(イ)昭和四九年五月一日別紙目録第一の契約(要するに、被申請人が申請人に対し申請人の製造販売するタオル類に用いるデザインを考案提供し、また申請人の製造販売する右商品に関し被申請人の名称又は商標を使用することを許諾することと、申請人が右受益の対価として被申請人に一定のロイヤリテイを支払うことを骨子とした契約。以下、A契約という。)を、(ロ)同五一年八月一日別紙目録第二の覚書による契約(要するに、前記A契約を更新するとともに、その一部約定を改訂附加すること――すなわち、ロイヤリテイの額を増額するとともに、申請人の前記商品の品質向上管理義務をあらたに定めたこと――を骨子とするもの。以下、右契約をB覚書といい、ABを本件契約と総称する。)を、それぞれ締結したことは当事者間に争いがない。

また、被申請人が昭和五四年一月二二日申請人に対し、右契約の更新を拒絶する旨の意思表示をしたことも当事者間に争いがない。そして、右意思表示は、A契約一三条(すなわち、契約の期間満了――右の場合昭和五四年四月末日――の三カ月前に双方いずれかが更新につき異議なき場合は同一条件で一年毎に契約が更新されることを定めた条項)の存することに鑑み、被申請人が更新につき異議を述べたものであることが明らかである。

そうすると、申請人、被申請人間の本件契約は昭和五四年四月末日をもつて終了したことが一応認められる。(ただし、A契約九条により、申請人の本件契約に基く商品販売終期は同年八月末日となる。)。

2しかるところ、申請人は、右被申請人の契約更新拒絶は信義則に反し拒絶権の濫用であつて許されないものであるから、当事者間には現在なお更新によつて本件契約と同一の契約が存続している旨主張して、右契約上の仮の地位を求め、かつ被申請人に対し右契約上の義務として一定の作為、不作為義務の仮の履行を求めて本件仮処分申請に及んでいるのである。

しかし、当裁判所は、以下にその要旨を説示するとおり、本件に顕出された全疎明資料をもつてしても、未だ被申請人の前記契約更新拒絶には申請人所論のような信義則違反、権利濫用のかどはないと考える。すなわち、

一  当事者間に争いのない事実および疎明事実によると、なるほど申請人に有利な事情として次のような事実が一応認められ、またこれにより次のような判断がなされうる。

(1) 当事者双方の契約関係は昭和四九年五月のA契約締結によつて始まつたものではなく、すでにこれにより先三年前に申請人代表者が当時の鐘渕紡績株式会社東京営業所営業部長菅和昭(ニユーヨーク駐在中に被申請人代表者森英恵と知り合つた者)の紹介で被申請人代表者を知るようになつたことにより、昭和四六年四月二四日骨子をA契約と殆んど同旨とする契約(疏甲第三号証。但し、申請人の商品としてはタオル製品のほかシーツ類も挙げられており、その存続期間は三年間としていた。)を締結したことに始まるもので、A契約は右原始契約終了の時点であらためて締結されたものにほかならない。したがつて、前記更新拒絶にいたるまでの双方の契約関係はすでにほぼ八年間も存続してきたものであつて、右通算期間はこの種の契約としては長期間であると思われる。

(2) 昭和四六年九月に開催された申請人の前記原始契約に基く第一回タオル商品発表会は被申請人の肝煎りで当時としては珍しいホテルで開催され、被申請人の協力は販売促進、企画、マスコミへの宣伝等万般にわたり極めて大なるものがあつた。したがつて、当事者双方の契約上の信頼関係は少くとも当初の時期は極めて厚かつたことが容易に推認しうる。

(3) A契約の条項を通覧すると、契約存続期間は二年間とされながらも(一二条)、前示のような一年毎の更新条項も用意されており(一三条)、また「毎年」といつたような必らずしも二年間だけの一回限りの契約を予定していたとは思われない措辞も使用されており(九条)、げんにB覚書締結一年後の昭和五二年四月末には自動更新が行われたと解される。このような事情と前記(2)の事情等を考えあわせると、申請人側が、本件契約は被申請人の一方的な更新拒絶により突然終了されるはずのものではなく、特段の事情がないかぎり相当の期間永続更新されるものと期待していたとしてもそれは無理からぬことと思われる。

(4) 申請人の昭和五一年三月から昭和五三年四月末(被申請人が約定によるデザインを提供しなくなつた時点)までの毎月の総売上高は最盛期で一億七千万円余、最少期で四千万円弱であつたところ、そのうち被申請人提供のデザインにかかるタオルの売上高割合は平均すると四割近い高率であつた(疏甲第一五号証。ただし、三割減というものもある。同第六号証の一)。このような実情は申請人の本件契約に対する依存度が極めて大であることを示すものである。

(5) 当事者双方が本件原始契約を締結した当時、被申請人代表者森英恵のデザイナーとしての資質はすでに国際的にも定評をえていたが、申請人との契約関係が始まつてから以後の名声の高揚はさらに著しいものがあり、これに伴い、当事者間の本件契約上の発言力も被申請人側が次第に強くなつた。また、これらの事情も反映し、申請人が支払うべきロイヤリテイの額も契約更改の都度値上げされ、申請人はこれを呑んでいる。

(6) 本件更新拒絶がなされた前にも、被申請人側は二回ばかり申請人に対し「タオルのデザインの考案提供は休みたい。」との意思を表明したことがあり(昭和五一年四月ごろと昭和五三年一月ごろと)、また書面による更新拒絶の意思表示もなされたが(疏甲第七号証)このような言辞、所為は、申請人のようなビジネスに生きる会社には如何にも高名な芸術家の他人のことを慮らぬ恣意、気まぐれと受取れる点があつた。

(7) 申請人側はかねてからの被申請人側の右のような態度、気配に対し専ら辞を低くくし、「契約が存続されるのであれば、被申請人側の如何なる要望にも誠意をもつて努力する。」趣旨を表わした書簡を被申請人代表者に送つたり、また、昭和五三年四月にはわざわざ確田取締役をパリに派遣して当時同所に滞在中の被申請人代表者森英恵に親しく面接させ、同旨のことを懇願したりした。しかし、被申請人側では言葉をにごし言を左右にして申請人側の要望に応えようとせず、昭和五三年四月以降はデザインの考案提供を中止した。このような経過は企業人たる申請人会社関係人の深い焦慮を呼び起こすものであつた。

(8) 最近になつて、被申請人は西川産業株式会社との間で従前申請人としたと同旨の契約を締結しようとしている気配がある。

二  しかしながら、本件紛争を被申請人側の立場からみると、他方では次のような事情が一応認められる。

(1) 本件更新拒絶は突如なされたものではなく、すでに前記(6)で一応認めたような経過を経ている(なお、被申請人は、右(6)の事実関係に基き、本件契約はおそくとも昭和五三年四月末日をもつて終了しており、本件更新拒絶は念のために重ねて表明したものであると主張しているが、ここではその当否について敢えて判断しない。)。

(2) そして、本件更新拒絶をしたについては被申請人側に相応な理由がある。すなわち、被申請人側では代表者森英恵の名声高揚とともにその創作デザインのイメージを下げないことを営業上の基本方針としており、このことは森英恵の意向にも合致していた。現に、同人はロイヤリテイの額の多寡にかかわらず喫煙具、スリツパ等の商品に関するライセンス契約を好まず、締結していない。本件でも、原始契約にあつた指定商品シーツをA契約では除いたのもこのような方針配慮もあつてのことであつた。しかるに、申請人側の販売タオル中には染色がにじむ等の欠点のあるものもあり、被申請人側の前記方針に必らずしも協力的でなかつた。そこで、被申請人側がA契約の終了直前に申請人に「デザインの提供を休みたい。」との婉曲な表現で自己の不満を表明したところ、申請人側では、「A契約の条項に適う三カ月前の更新拒絶ではないから認め難い。」といつて右申出に対抗した。このことは法律上当然の発言とは思われるが、デザインの創作提供を業とする被申請人側には従来からの双方の関係を無視した強硬な態度と受けとられた。B覚書で前示のような品質向上管理条項が附加されたのは右のような事情を背景とするものであつた(第三、第四項)。しかし、その後の申請人側の態度も被申請人側には満足すべきものではなく、申請人が辞を低くし契約存続を懇願してきた時はすでに被申請人が契約解消を最終的に決意した昭和五二年秋頃以降であつた。

(3) 本件のようなライセンス契約が更新されることなく終了する例は他にもあり(ニユーヨークの新進デザイナーであるカルバンクライン、パリの高級毛皮メーカーであるレビオン、イタリアのアルクテ社等と日本の各百貨店、メーカー等との関係)、被申請人もデサント(スキーウエア等)、内外編物(ボデイウエア等)、木下物産(手皮)とそれぞれ期間満了により契約を終了させたことがあり、申請人に対する所為が特別のものともいえない(疏乙第一二号証)。

三 以上のような疏明事実と判断を彼此総合すると、申請人が本件仮処分申請に及んだ事情または心情は理解に難くないとしても、被申請人のした本件契約更新拒絶を信義則に反し権利の濫用であるとまで断定するのは困難である。

もともと、ライセンスビジネスを行うような企業は利潤追求を唯一の目的とするものであるから、企業活動は最も冷静に利害を打算して行動することを許されるべきである。したがつて、企業のする法律行為には原則として法の後見的作用は必要ではなく、むしろ、相互の関係は当事者の自由な意思に委ね解決するのが適当である。すなわち、本件のようなライセンス契約は特に契約自由の原則(本件に則していえば解約自由の原則)が尊重されるべき場面である。

前記疏明事実によれば、申請人の本件契約に対する依存度は大であり、それだけに契約が解消され森英恵のデザインにかかるタオルを販売できなくなることは相応の痛手であることは想像に難くない。また、それがゆえにかねてからの被申請人の対処は申請人側からすると恣意的、一方的なものと映るのも無理からぬところと思われる。しかし、被申請人側にも解約につき一応の理由があること前記のとおりであつて、これら双方の関係は法律上はすべて契約自由の原則に包摂して理解するのが相当である。

申請人が本件契約の更新条項の解釈について借地法、借家法の立法趣旨を類推参しやくすべきであるかのように主張する部分は、さきに一で認定したような事情を汲んでなされた主張として理解できるところであるが、前示の見地からすると、本件については不通の議論というほかない。また、申請人が、本件契約をもつて実質上共同事業的契約であつて、長期存続が予定されているものであると主張している点も同じ理由により採用することができない。(なお、本件については、申請人はかねてから他にもプレイボーイやクリスチヤン・デイオール等ともブランド使用契約を締結していることも一応認められる点参照。)

3次に、申請人は、被申請人の本件契約更新拒絶は私的独占禁止法二条九項五号一般指定の十に該当する旨主張するけれども、前記疏明事実によると、被申請人の右の所為は「取引上の優越的地位を濫用し」、もつて「自己の取引上の地位を不当に利用して相手方と取引した」ものと解することは、なお困難であるから、爾余の点について判断するまでもなく、右法条に関連して契約の更新をいう申請人の主張は失当である。

4その他、当事者双方はデザインの法的性質等について論争するところがあるけれども、いずれも本件の帰すうに直接関係がないからあえてその当否を判断しない。

5以上のとおりであるから、申請人の本件仮処分申請は被保全権利について疏明を欠くものであり、かつ本件は仮処分理由の疎明にかえて保証を立てさせてその申請を認容することも相当でない。

よつて、本件仮処分申請はこれを棄却し、申請費用の負担につき民訴法二〇七条、八九条を適用して主文のとおり決定する。

(畑郁夫)

別紙〈省略〉

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